概 要
以前の東浅井詰所は昭和10年6月2日竣工、京風建築の町屋入母屋造りでしたが、築80余年を過ぎ老朽化及び耐震強度の不足、新たに将来へ継ぐという観点から改築しました(平成28年)。鉄骨コンクリート4階建てビル。1階が詰所で純和風様式です。上階は賃貸マンションとして運用しています。
ご案内
仏間には歴代家代の法名軸と幾世代にもわたり安置されてきた仏壇があります。毎朝、法名軸と仏壇にはお仏飯を、花瓶には新鮮な生花をお供えし、輪灯に点火し、いつでもお参り頂けるようにしています。仏間へもお運び下さい。
当館は素泊まりですが、清潔で安全・安心にお泊まり頂けるようサービスに心掛け、気持ち良くお泊まり頂くよう努力しています。宅配便・タクシーの手配や食事の出前・旅のお困りごとなど何でもお気軽に家代までご相談ください。
外食される場合は夜10時(門限)までにお帰り下さい。他の宿泊施設と異なるルールもありますが皆さまに気持ち良くご利用頂き、早朝の本廟参拝(晨朝法要7:00~ 法話7:30~ 本廟法話2回 10:10〜 13:10~)や京都観光にもご利用ください。なお1部屋3人まで宿泊できます。 檀家寺の門徒様にも宿泊の体験をお話頂き、さらなる利用拡大を願っています。ひいては、それが採算悪化で消えゆく詰所の存続にも繋がります。どうか末永いご愛顧をよろしくお願い致します。
旅館やホテルとはどう違う? 京都駅前に点在する宿泊施設の「詰所」、その1日とは?・・・京都新聞デジタル版(2025.6.25取材・8.30掲載)
JR京都駅(京都市下京区)から北へ歩いて約15分。車が行き交う烏丸通から1本西に入ると、「御宿 東浅井詰所」と書かれた看板が見えてきた。かつて京都駅の北側、東本願寺(真宗大谷派本山)の周辺には、同寺の門徒が全国から集まった際に宿泊するための「詰所」と呼ばれる施設が数多くあった。しかし高度成長期以降、その数は減少。現在でも営業を続けるのは5軒のみだ。
詰所は東本願寺と深い関わりを持つが、多くの旅行客には耳なじみがない。しかし詰所には単なる宿泊施設以上の信仰に基づいた営みがあった。近代的なビルやホテルが立ち並ぶ一角に残る、江戸時代の信仰生活の香りが残る詰所の現在を取材した。

現在の東浅井詰所。4階建てで2~4階は賃貸マンションになっている。そもそも詰所とは何なのか。その起源は江戸時代後期にさかのぼる。1788(天明8)年1月30日、現在の京都市東山区で火事が発生した。火は鴨川の西にも燃え移り、北は鞍馬口通から南は七条通まで、洛中のほとんどが焼けたという。東本願寺もこの火事で全ての建物群を焼失。宗祖・親鸞の像を安置する御影堂や阿弥陀如来像を祭る阿弥陀堂も焼けた。
御影堂・阿弥陀堂の「両堂」再建には全国から多くの門徒が駆けつけて奉仕活動を行った。現在でも浄土真宗の門徒や寺が多い滋賀県湖北地方(旧東浅井郡)の門徒たちが真っ先に駆付けた。門徒(農民)たちは昼は重労働奉仕に、夜は法話を聞き寝食をともにした。働き手を失った女房達も現実を受入れ、農作業をしながら子どもや老人達を養った。それが237年前の厳然たる歴史で「詰所」の始まりだった。再建が実現した後は、11月の親鸞の忌日法要「報恩講」など、本山に参拝する門徒たちの宿泊施設として使用された。
東浅井詰所もそうした詰所の一つで、湖北の門徒たちが利用した。名前は滋賀県東浅井郡(現在の長浜市)に由来する。現在では一般の宿泊者も予約すれば泊まることができる。「家代(やだい)」と呼ばれる滋賀県湖北地方在住の管理人が1週ずつ交代で勤務している。

旧東浅井詰所(1935~2015)・・・1974年には下宿を廃止し、客室に改装、エアコンも設置
しかし、鉄道の発達や新幹線の開通などでアクセスが向上。日帰りできるエリアも広がり、次第に詰所は姿を消していった。1988年当時の京都新聞には「伊勢三講」「東美濃」「名古屋」など地域の名を冠した17カ所の詰所が紹介されている。 約40年たった2025年現在では詰所は「富山」「砺波」「飛騨」「伊香」「東浅井」の計5カ所のみとなっている。
東浅井詰所は現在、同名の一般社団法人が運営している。以前は1935年(昭和10)建築の木造2階建ての建物だったが、2015年には鉄骨4階建てに建て替えられた。2~4階は15戸が入居する賃貸マンションとし、経営の安定化を図っている。

東浅井詰所には立派な長浜仏壇があり、毎朝お勤めが行われている
さて、詰所の一日とはどんなものなんだろうか。客室の1号室は、本山の朝のお勤め「晨朝(じんじょう)法要」の後に法話をする教導さんが宿泊する。全国の名刹・古刹から選ばれた住職(教導)さんが午前6時30~40分ごろに詰所を出る。続いて午前7時頃には東浅井詰所の仏壇で家代のお勤めが始まる。「読経をしていると、御佛前を頂いたり、お勤めに参加される宿泊者もおられます。」と家代さん。立派な明治期の長浜仏壇の脇には歴代の「家代」の名が書かれた「法名録」が掛けられている。

東浅井詰所の一室。純和風の部屋だ(京都市下京区諏訪町通花屋町上ル)。
詰所は7・5畳の和室が7部屋あり、「素泊まり」のみ。食事は自分で用意する。

東浅井詰所の正面に掲げられた価格
ホテルのようにチェックイン・チェックアウトの厳密な時間は決まっていないが、午後3時ごろには受け入れ態勢を整え、翌日午前10時には宿泊者は精算し旅立っていくという。

東本願寺の宗務所門(右)の近くに位置する東浅井詰所
確かに東本願寺の宗務所門までは50メートルにも満たない距離だ。東浅井詰所の隣りの「しんらん交流館」では毎日午後2時から法話が行われるという好立地だ。現在でも信仰心あつい全国の門信徒にはよく利用されている。宿泊者は東本願寺の関係者(門信徒)のみならず、長年詰所を利用している全国の固定客が多く、近年はSNSなどで外国人や若い人の利用も増加している。伝統ある詰所は時代の波を受け、新たな変化を始めている。「新しい酒は新しい革袋に盛れ」家代さんの一言は、今後の詰所の在り方に一石を投じている。一方で「家代」を務める湖北地方の門徒宅では、子どもたちが大津や京都に出て行き地元では空き家が増えている。歴史は尊重しつつも伝統に胡座(あぐら)を欠くことなく不断の改革も必要ではないだろうか。(編集局報道部記者 浅井佳穂)
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★E-mail Microsoft Outlookに対応しています。 higashiazai-tsumesyo@sirius.ocn.ne.jp(東浅井郡詰所)
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